身体表現性障害にさようなら

私の身体表現性障害・心因性疼痛が消えていく経過を書き留めていきます。

アクセルとブレーキ

 

アクセルが自分が外に出てやりたいこと、ブレーキが背中の強張り、だとすると今の私はアクセルがブレーキよりも弱いと感じています。

 

コーチングで身体表現性障害が治ったら絶対コーチングを学んでコーチになりたいと思う確信はあるのですが、治る前の今の状態ではそこまでコーチングにまだハマっていません。治ったらコーチになるアクセルは全開になるけど、治る前の今はそこまでアクセルが強くない。アクセルが十分強くないと今の状態から抜け出すエネルギーが足りない、、、

 

治ればアクセルは強くなるけど、治るためには治る前にアクセルが強くならないといけないけど、 治らないとアクセルは強くならない、、、などとぐるぐるモヤモヤしていたのでコーチにメールで相談したら早速電話をしてきてくれました。ありがたいことです。

 

コーチとは電話で、アクセルを踏んでいるのは意識、ブレーキを踏んでいるのは無意識として、自分が100%意識になったり100%無意識になったりを繰り返し切り替えながら、意識の気持ち・声、無意識の気持ち・声を順番に出して行きました。その中で無意識から「今の外に出られない状態が楽でいいじゃん」「いったい外に出て何がしたいの?」「外に出たら危険がいっぱい、家にいれば安全だよ」「外に出たらまた無理するでしょ、嫌だよ」などの声が出てきました。それに対して意識はタジタジで、外に出てやりたい事についてもはっきり答えられず、明らかに無意識優勢(ブレーキ優勢)であることがあらためて浮き彫りになりました。

 

そう私の無意識は外に出たくないんです。外に出なくても衣食住足りて困ってない今の生活がホントはいいんです。

 

そうなるとコーチからは「じゃあ今のままでいいですよね」と言われる始末です。そうホントのところを突かれると嫌な気持ちがして腹が立ちます。

 

「いったい外に出ないと何が困るの?」の問いにもはっきり答えらません。「残りの人生を外に出て有意義に過ごしたい」と言ってみても「じゃあ何がしたいの?」「どうすれば有意義なの?」と立て続けに問われると口ごもってしまいます。

 

そんな私ですが、私の意識ははっきりと外に出たいと願っているのです。それは間違いのない気持ちです。

 

だから外に出られるように意識と無意識が折り合えるところを探しました。まず無意識は外に出たら意識がまた体に無理をさせるのを嫌っています。意識としては外に出るからには多少の無理をしないとやっていけないと思っているので意識に「無理って何時間くらい?」と聞くと「終日」、「無理がないって何時間くらい?」と聞くと「2、3時間くらい」という声が返ってきました。そこで意識と無意識が折り合える体に無理をさせない外出時間として先ずは2、3時間を目標にすることにしました。

 

外に出てやりたい事については、過去にさんざんやりたい事探しをして何も見つからなかった経験があるので、新しくやりたい事探しはしないで、とりあえず今やりたい事になる可能性の高いコーチングを引き続き学んでいくことにしました。

 

どこかの時点でコーチングのアクセルが十分強くなって、無意識の家にいた方がいいという気持ちを変えられる事を今は願っています。