身体表現性障害にさようなら

私の身体表現性障害が消えていく経過を書き留めていきます。

6/7 日記

今日は夕飯にシチューを作った。小学校の給食のシチューがベーコン入りで美味しかったのが浮かんで、ベーコン入りのシチューがいいなと思って、適当なベーコンを買ってやってみたがちょっとイメージとは違った。また別のベーコンでやってみよう。しかし、スーパーでベーコンとか玉ねぎとか買い物して、野菜の皮を剥いてカットして炒めて煮込んでと一連の作業を多少休み休みでもやって多少背中には来たけど大丈夫だったのはかなりの進歩だと思う。食後に休憩したら少し復活したので皿洗いもやったし。出来る事が増えるのは良いことだ。今度は何を作ろうか。

そんな風に自分的には上り調子なのだが、5歳の女の子が親に虐待されて殺された事件が、何とも言えない悲しいというか怒りというか恐ろしいというか許せないというか、これまでにない感情が押し寄せてきて、とても辛い。本当に酷いと思う。親を死刑にしても何も解決しないのはわかっていても即刻死刑にして欲しいと思ってしまう。途上国や戦場の外国の子供たちに手を差し伸べてあげる事は良い事だけど、日本の中でこんなに酷い殺され方をする子供を無くす事への対応が優先されても良くないだろうかと思ってしまう。今の自分に何が出来るかはわからないけど、何か出来る事がないか考えてみたい。この件はホントに悲しい、、、憤る、、、日頃の素行や経済力、性格テストなどを加味した、親になる資格試験を作って、合格しないと子を持てないようにするとか、人権問題に引っかかる無茶な案なのはわかっているが、そのくらいドラスティックな事をして、異常な人間が親になる可能性を減らすことをしないと、児童相談所の人員と予算を増やすだけでは改善しない気がしてしまう。あと、小さい女の子が殺される事件が多発する以上、女の子に強い興味をもつ性癖の人が女の子に危害を加えた場合の刑罰を著しく重くして、繰り返し危害を加える可能性を減らすなどの対応もとらざるを得ないのではないかとも思う。犯罪者にも人権はあるし、罪を憎んで人を憎まず、犯した罪を償って更生してもらう事は良いことだけど、こと危害を加えられる対象が小さい子供の場合は、刑罰を数倍、いや数十倍、数百倍に重くして、加害者の人権よりも子供の命を優先させる事は出来ないんだろうか。とにかく先ずは日本の弱い子供の命を守る事が優先されて欲しい。ホントにそう願います。